日輪・春は馬車に乗って 他八篇 (岩波文庫 緑75-1)
横光という人は実に言葉が豊かで、かつ感覚が鋭敏で、構造的にも相当な巧者である。
正直、読んでいて痛々しい。ここまで敏感な人は生きにくいのではないかと思うほどである。
古語を駆使した「日輪」は、どこか北原白秋や折口信夫や芥川龍之介を想起させる。
他に「蠅」「春は馬車に乗って」「機械」などが有名だが、映画や新心理主義やサナトリウムなどの昔のキーワードが出てきて面白い。そういえば大江健三郎の初期短篇にもサナトリウムのようなものがあったなとか思い出す。
作者のその後の作品は読んだことないので詳しくはしらない。これだけ象徴を駆使する感覚と再構成的センスを備えているからには、長篇でも活躍できそうなものだが、ダメだったのだろうか。
正直、読んでいて痛々しい。ここまで敏感な人は生きにくいのではないかと思うほどである。
古語を駆使した「日輪」は、どこか北原白秋や折口信夫や芥川龍之介を想起させる。
他に「蠅」「春は馬車に乗って」「機械」などが有名だが、映画や新心理主義やサナトリウムなどの昔のキーワードが出てきて面白い。そういえば大江健三郎の初期短篇にもサナトリウムのようなものがあったなとか思い出す。
作者のその後の作品は読んだことないので詳しくはしらない。これだけ象徴を駆使する感覚と再構成的センスを備えているからには、長篇でも活躍できそうなものだが、ダメだったのだろうか。
機械・春は馬車に乗って (新潮文庫)
結局、「機械」が一番面白くなかったという感想。「春は馬車に乗って」はお涙頂戴実話ものだが、師匠の志賀直哉を読み直したくなる作品だ。他の思想系の小説はあまり読んだことが無かったので興味深かった。「比叡」の弘法との対比の考察も「厨房の日記」の欧州に対する考察も時代が付いていてなかなか読ませる。日本にとって唯一の外敵は地震という記述は関東大震災を経験したからだろうが、一日で文明の一部がなくなるような土地に日本人は良く住んでいるものだといまさらながらに思う。