プロ野球解説者を解説する
私はこれまで、いわゆる野球関連の本を数多読んできた。
しかし、本書のような類書は、これまでなかったといってもいい。
野球に限らず、スポーツというものは、プレーする選手あってのものである。
そのことには何の異論もない。
プレーする選手や、選手を指導する者の立場からは、いくらも本が出ているし、また、そう言った人たちをテーマにした本ならいくらでもある。
あるいは、プロ野球のスカウトや裏方、あるいは選手の妻たち、なかにはある球団の応援団やファンたちをテーマにした本も出ている。
しかし、プロ野球「解説者」を対象にした本には、これまで私は出会ったことがなかった。
個々のプレーや、個々の選手や指導者について論評するのがまあ、解説者なのだが、その解説者という仕事を、選手や指導者と同じように論評するという視点で出された本書は、実に新鮮であった。
野球報道の歴史もきちんと抑えられており、かつての名解説者と言われた人たちのエピソードを楽しく読ませていただいた。
それと同時に、近年活躍されている解説者諸氏の傾向やそれについての批評も、実に新鮮である。個々の解説者氏に対して思っているところはみなさんあろうが、それをこうして本にして紹介されるというのは、しかし、誰でもできることではない。
著書の指摘は事実に基づいて的確であり、何より、相手に対する尊敬の念がうかがわれ、非常に好感が持てた。
かといってただほめるだけでなく、「喝!」の張本氏や江本氏に対する、メジャーリーグを酷評する姿勢についてもきちんと批判がされていて、何より、バランスのとれた記述がなされている。
どうしても、プロ野球の解説は何かのおまけのような扱いを受けてきた側面も無きにしも非ずであるが、視聴者である野球ファンの目も肥えてきている昨今、解説者も、自身のカラーを出しつつ、客である視聴者を楽しませ、納得させ、うならせるだけの力が求められているのではないだろうか。
「(プロ野球の)プロ解説者」にならなければ、野球評論家として生き残れない時代が来ているのだということを痛感させられる。
小西徳郎さんや鶴岡親分や川上御大のような、大御所の名解説はもう期待できまい。
その後継である大沢親分は鬼籍に入り、張本御大や金田天皇こそまだ活躍されているものの、彼らの活躍もそう長くはなかろう。
しかし、今の解説者諸氏に求められているのは、彼らのようなとびぬけたしゃべりや存在感などではなく、自らのキャラをベースに、視聴者各位を楽しませ、納得させ、うならせること、つまり、解説という「商品」を視聴者に提供することなのではないだろうか。
本書の「解説の現場」ルポで紹介されたアナウンサーと評論家のお二人は、このレビューを書いている私と全くの同世代、評論家の野村氏に至っては、私と同年齢にあたる方である。
時代はもう、そんなところまで来ているんだなぁ・・・
追記 「こんな解説者はいらない」のコラム、よかったです。
こういうアナウンサーや評論家は、もう10年もすれば、完全に淘汰されてしまうのかなぁ・・・
それはそれで、さびしい気もしないではないですが・・・
しかし、本書のような類書は、これまでなかったといってもいい。
野球に限らず、スポーツというものは、プレーする選手あってのものである。
そのことには何の異論もない。
プレーする選手や、選手を指導する者の立場からは、いくらも本が出ているし、また、そう言った人たちをテーマにした本ならいくらでもある。
あるいは、プロ野球のスカウトや裏方、あるいは選手の妻たち、なかにはある球団の応援団やファンたちをテーマにした本も出ている。
しかし、プロ野球「解説者」を対象にした本には、これまで私は出会ったことがなかった。
個々のプレーや、個々の選手や指導者について論評するのがまあ、解説者なのだが、その解説者という仕事を、選手や指導者と同じように論評するという視点で出された本書は、実に新鮮であった。
野球報道の歴史もきちんと抑えられており、かつての名解説者と言われた人たちのエピソードを楽しく読ませていただいた。
それと同時に、近年活躍されている解説者諸氏の傾向やそれについての批評も、実に新鮮である。個々の解説者氏に対して思っているところはみなさんあろうが、それをこうして本にして紹介されるというのは、しかし、誰でもできることではない。
著書の指摘は事実に基づいて的確であり、何より、相手に対する尊敬の念がうかがわれ、非常に好感が持てた。
かといってただほめるだけでなく、「喝!」の張本氏や江本氏に対する、メジャーリーグを酷評する姿勢についてもきちんと批判がされていて、何より、バランスのとれた記述がなされている。
どうしても、プロ野球の解説は何かのおまけのような扱いを受けてきた側面も無きにしも非ずであるが、視聴者である野球ファンの目も肥えてきている昨今、解説者も、自身のカラーを出しつつ、客である視聴者を楽しませ、納得させ、うならせるだけの力が求められているのではないだろうか。
「(プロ野球の)プロ解説者」にならなければ、野球評論家として生き残れない時代が来ているのだということを痛感させられる。
小西徳郎さんや鶴岡親分や川上御大のような、大御所の名解説はもう期待できまい。
その後継である大沢親分は鬼籍に入り、張本御大や金田天皇こそまだ活躍されているものの、彼らの活躍もそう長くはなかろう。
しかし、今の解説者諸氏に求められているのは、彼らのようなとびぬけたしゃべりや存在感などではなく、自らのキャラをベースに、視聴者各位を楽しませ、納得させ、うならせること、つまり、解説という「商品」を視聴者に提供することなのではないだろうか。
本書の「解説の現場」ルポで紹介されたアナウンサーと評論家のお二人は、このレビューを書いている私と全くの同世代、評論家の野村氏に至っては、私と同年齢にあたる方である。
時代はもう、そんなところまで来ているんだなぁ・・・
追記 「こんな解説者はいらない」のコラム、よかったです。
こういうアナウンサーや評論家は、もう10年もすれば、完全に淘汰されてしまうのかなぁ・・・
それはそれで、さびしい気もしないではないですが・・・
ZIPPO(ジッポ) スペクトラムライター 151
この写真のzippoと比べると紫の比率が少なくてちょっと残念でした。
あと一つ、買って箱を開けると、zippoにシールがはってありますが
剥がしやすいシールなら全然いいんですが、剥がしにくく、どんなにゆっくり剥がしても
必ずシール跡がべったりつきます。
この跡をとるのに消しゴムで頑張ってとりましたが大変でした。
あと一つ、買って箱を開けると、zippoにシールがはってありますが
剥がしやすいシールなら全然いいんですが、剥がしにくく、どんなにゆっくり剥がしても
必ずシール跡がべったりつきます。
この跡をとるのに消しゴムで頑張ってとりましたが大変でした。