書くことの秘儀
「エッセイと小説を峻別している」という日野氏の、〈なぜ小説を書きたがるのか。小説を書くことが、どうしてこれほど深く楽しいのか〉という、小説家という職業人の誰しもが持つであろう根本問題を、様々な想念で綴った、遺作エッセイ集。
とはいいつつ、九篇収録の内、最後の『書くことの秘儀』という作品以外、直接的には「書くこと」についての問題提起は、為されていないように思えます(ただ、どの作品も、「これぞ日野節!」というような、独自の論考は、きちんと為されていますが)。
それでも、その『書くことの秘儀』というエッセイ、これが凄かった。
マルグリット・デュラスの『愛人(ラマン)』を巡って、デュラスのインタビューなどから、日野氏の体験や思想を折り合わせ、「(小説を)書くこと」の秘密に迫っていきます。
他人のための報告書や、計算書などではなく、自分の想念・予感・物語を、自分の為に書くことで、執筆に不思議な加速力がつき、自分の内部がめくり取られ、結果として、それが小説として普遍的な声に到るのだという、「運命的に書く人=作家」であった日野氏の「書くことの秘儀」に対する畏怖と幸福の念が、同じくそういった人種であったデュラスのそれと、自然とシンクロナイズされているのをひしひしと感ずる、鳥膚の立つエッセイです。
日野啓三氏は、私的に敬愛する作家の筆頭ですが、この『書くことの秘儀』は、少なからず「小説を書きたい」という欲求ないし衝動に駆られるような人は、読んでみるべき作品であり、幾多の名作を残し、「運命的作家」であった氏の、ある意味、極点的論考が、味わえます。
とはいいつつ、九篇収録の内、最後の『書くことの秘儀』という作品以外、直接的には「書くこと」についての問題提起は、為されていないように思えます(ただ、どの作品も、「これぞ日野節!」というような、独自の論考は、きちんと為されていますが)。
それでも、その『書くことの秘儀』というエッセイ、これが凄かった。
マルグリット・デュラスの『愛人(ラマン)』を巡って、デュラスのインタビューなどから、日野氏の体験や思想を折り合わせ、「(小説を)書くこと」の秘密に迫っていきます。
他人のための報告書や、計算書などではなく、自分の想念・予感・物語を、自分の為に書くことで、執筆に不思議な加速力がつき、自分の内部がめくり取られ、結果として、それが小説として普遍的な声に到るのだという、「運命的に書く人=作家」であった日野氏の「書くことの秘儀」に対する畏怖と幸福の念が、同じくそういった人種であったデュラスのそれと、自然とシンクロナイズされているのをひしひしと感ずる、鳥膚の立つエッセイです。
日野啓三氏は、私的に敬愛する作家の筆頭ですが、この『書くことの秘儀』は、少なからず「小説を書きたい」という欲求ないし衝動に駆られるような人は、読んでみるべき作品であり、幾多の名作を残し、「運命的作家」であった氏の、ある意味、極点的論考が、味わえます。
ベトナム報道 (講談社文芸文庫)
日野啓三を知ったのは、中期の幻想的な都市小説で、だった。
それから遡行して初期私小説の作品群に出会った。
そして、今回、さらにその先の源流とも言うべき作品を読んだ。
ここには、後に作家として花開く才能が、貪欲に伸びようとするパワーを感じる。
駐在記者としての取材の日々を綴った前半の数章は、まさにひとつの小説作品としての
充実を備えている。
後段、自身の体験を踏まえてのジャーナリズム論は、
やはりベトナム報道で大きな仕事をなした本多勝一が
後にまとめるような、ジャーナリズムの本質を
見抜いた論考となっている。
本多に先駆けてこのような深度を持った
ジャーナリズム論があったことに驚く。
作家としての日野啓三の才能を再確認し、
ジャーナリストとしての日野啓三を知ることのできる
充実した一冊。
それから遡行して初期私小説の作品群に出会った。
そして、今回、さらにその先の源流とも言うべき作品を読んだ。
ここには、後に作家として花開く才能が、貪欲に伸びようとするパワーを感じる。
駐在記者としての取材の日々を綴った前半の数章は、まさにひとつの小説作品としての
充実を備えている。
後段、自身の体験を踏まえてのジャーナリズム論は、
やはりベトナム報道で大きな仕事をなした本多勝一が
後にまとめるような、ジャーナリズムの本質を
見抜いた論考となっている。
本多に先駆けてこのような深度を持った
ジャーナリズム論があったことに驚く。
作家としての日野啓三の才能を再確認し、
ジャーナリストとしての日野啓三を知ることのできる
充実した一冊。
光
近未来の東京。月から戻ってきた宇宙飛行士は、逆行性健忘症で、長期間精神病院に入院していた。彼を気にかける担当看護婦黄慧英と、担当省庁の石切課長。少しずつ記憶を取り戻す宇宙飛行士が思い出したものとは……?
冷静で論理的な筆致で、少し現実離れした幻想的な内容を書いていく、やや矛盾した絶妙なバランス感覚が日野啓三の文章の凄さだと思いますが、本書もその「らしさ」が良く出た好著です。近未来の東京に捧げるオマージュのようでもあり、生とは何か、人間存在とは何かを、深く追究する筆者の試みがじかに感じられもします。広大な宇宙と地球の、無限の時空の中で、わずか一瞬の生を得て輝く、人間の哀しくも美しい姿を描き出す作品です。
冷静で論理的な筆致で、少し現実離れした幻想的な内容を書いていく、やや矛盾した絶妙なバランス感覚が日野啓三の文章の凄さだと思いますが、本書もその「らしさ」が良く出た好著です。近未来の東京に捧げるオマージュのようでもあり、生とは何か、人間存在とは何かを、深く追究する筆者の試みがじかに感じられもします。広大な宇宙と地球の、無限の時空の中で、わずか一瞬の生を得て輝く、人間の哀しくも美しい姿を描き出す作品です。